除夜の鐘に苦情!?なぜこんなことにクレームを付けるのか

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年の瀬が近づくころ寺院から厳かに鳴り響く除夜の鐘。
その鐘の音を聴くと、去りゆく年に感慨深く、また来る年に胸を膨らんだりはしませんか。
この時間は日本人ならではの特別な時間となっているはずです。
日本人の多くは無宗教といわれておりますが、除夜の鐘は、日本人にとって宗教や信仰とは関係ないところにあるのかもしれません。
では、除夜の鐘の意味をご存知ですか。
人間には108つの煩悩があるといわれ、その煩悩の数だけ鐘を突くことで、人間の煩悩を払うことができるという意味があります。
鐘の音によって、人間の中にある煩悩を取り払い、清らかな心で新年を迎えようという想いからきているのではないでしょうか。
しかし、古くから行われてきた除夜の鐘も近年では、近隣住民の一部の方からの「うるさい」という苦情が寄せられているのが現状です。
今年もどこかで、そのような苦情に頭を悩ませているお寺があるかもしれません。

除夜の鐘を鳴らす時間を変更したお寺もある

日本では、昔から多くのお寺で年越しを告げる除夜の鐘が打ち鳴らされてきました。
しかし、近年は近隣住民からの苦情でやむを得ず、中止、もしくは時間帯の変更を行っています。
除夜の鐘は、大晦日から元旦にかけての夜中に鳴らされるため、閑静な住宅街に住む人の中には「騒音」と感じる人もいるようです。
しかし、そのような意見があるとしても除夜の鐘は日本の伝統的行事であります。
その伝統を守り受け継いでいかなくてはならないお寺では、不快に感じる住民たちへの対応に迫られています。
対応の一つとして、夜中に鳴らしてきた鐘突きを昼間から夕方の間に鳴らすことで、住民たちからの理解を得ようとしています。
静岡のあるお寺での対応についてご紹介します。
そこのお寺では数年前から除夜の鐘への苦情があとを絶たず、一時中止することとしました。
住職さんのお話によると、苦情を受け入れてすぐの年は、12月31日の午前中に鐘を縛り付け、誰も突けないようにしていたとのことです。
しかし、「情けないことをしているんだな」と考えを改めた末に、数年前から「除夜の鐘」ではなく、「除夕(じょせき)の鐘」と名を変え、鐘突きを再開しました。
「除夕の鐘」は、12月31日の正午から鐘突きを行います。
はじめてみると、120~130人が列を作り、非常に多くの参拝客が訪れたとのことです。
「比較的寒さが厳しくない昼間の時間帯に変更したことによって、かえって人が集まりやすくなり、参拝する方が増えた」とお話されます。
このように、鐘突きの時間帯を変更して対応するお寺がでてくるようになりました。
その一方で、年越し行事に力を入れ、地域活性化のきっかけとなるよう盛り上げているお寺があるのも、また事実です。

除夜の鐘がうるさいと言う人はなぜそう思うのか

除夜の鐘を「うるさい」と言う人と言わない人の違いは、相手との関係によっても感じ方は異なってくるのではないでしょうか。
普段からお寺と交流がある人は鐘の音に親しみを感じやすくなります。
例えば、近所で幼い子と接する機会が多い人は、子どもの大きな声も気にならないのと同じ感覚です。
近年、地域の住民同士のつながりが希薄になってしまったことにより、立場や利害が異なる住民に対して、拒否感を抱きやすくなっているのが原因ではないでしょうか。
また、苦情自体は少ないのですが、中止を求められた理由として、「宗教上の理由で聞きたくない」、「伝統だから続けるのはおかしい、時代の変化にあわせていくべきだ」、「伝統だからといって仏教だけが優先されてはいけない」、「鐘を聞きたい多数派が、聞きたくない少数派をねじ伏せるのはおかしい」というものがありました。
このような問題で、多数派の要求のみを受け入れてしまうことは、人権尊重の原則に反すると考えられ、対応せざるを得ないのです。
しかし、少数派のマイナス意見によって、多数派の意見が踏みにじられる世の中になりつつあるのも否めません。
また、極論ではありますが、あるタレントさんは「除夜の鐘をうるさいと感じることが、まさに煩悩だ。煩悩を払うためにむしろ鐘を突きまくった方がいいと思う」と持論を展開していらっしゃいました。
除夜の鐘の音ひとつで、人々の考え方は様々あるようです。

最後に

最近、除夜の鐘の音が「うるさい」との苦情により除夜の鐘を鳴らす時間を昼間に変更したり、それ自体をやめるお寺が増えてしまいました。
お寺の近隣住人からすると、その気持ちは分からなくもないのでもないことです。
しかし、古くからの日本の伝統行事がなくなっていくことはさみしい気がします。
除夜の鐘は、新年を迎えるため、日本人にとって必要であると感じている方が多くいらっしゃいます。
これが、風情を愛し、伝統を守る心なのかもしれません。
除夜の鐘の音は、一年で溜まった穢れをすべて払い、新しい年を迎えるお手伝いを行ってくれます。
そんな日本の伝統をどのような形で、守り受け継いでいくのか今後も考えていかなくてはなりません。